この4ヶ月あまりの変化は、シンギュラリティではないが、シンギュラリティの始まりではないか、と思う。その歴史にリアルタイムで立ち会っている事にワクワクしている。このblogの最初の記事として、chatGPTの登場による教育への影響を扱えるのは、幸運だと思う。
以下、「教育」とは小学生・中学生・高校生を念頭に置いて記すので、ご注意ください。また、GPTという言葉はフワっとしたまま使ってます。すみません1。
5年後は1人1GPT環境の教室が実現可能
2010年のとき「学校の教室で1人1台PC環境」という未来が総務省2・文部科学省3によって描かれ、コロナ禍の影響もあって2020年に実現した4。
2030年の実現について想定しておくべきは「1人1GPT環境」であり、「お友達GPTによって学びが豊かになり、教師の指導も豊かになった教育現場」ではないか。考えるべき事は多いが、4点だけ挙げてみる。
- 各端末で自分用のGPTは動かせるのか
- GPTの年齢利用制限
- 子どもや教師は、GPTから必要な答えを引き出す質問ができるのか
- GPTの答えについて子どもや教師は検証できるか
1. 各端末で自分用のGPTは動かせるのか
サーバー上のGPTは既に動かせる。ただ、性能を落としたGPTがノートPCで動くという報告が既にある5ので、5年あれば顔認証のようにローカルで動かせると予想。
2. GPTの年齢利用制限
そもそも「13-17歳は保護者同意必要、13歳未満は全面禁止」というOpenAIの方針が他のGPTでも常識になり、「1人1GPT環境」は禁止かもしれない。一方で、個人的には、子どもの「知りたい!」の一手段を一律禁止するのが適切か分からないし、たとえばGPTを組み込んだBingを禁止するのがいいか分からない。そもそも、2歳児の6割以上がインターネットに接続した機器を用いている6今、「13歳未満一律禁止」と言われて、各家庭で有効に働くか疑問を持っている。だから、家庭で無茶苦茶な使い方をする前に、小学校で段階的に教えた方が私はいいと思う。とはいえ、たとえば子どもも安心して使えるGPTを作れたとしても、年齢無制限は(2歳児がYouTube漬けはいけないように)よくないと思うので、ヒトの発達段階に応じて何らかの対策は必要だし、先行する実証研究にも従来と異なる倫理審査が必要と思う。
3. 子どもや教師は、GPTから必要な答えを引き出す質問ができるのか
多くの人が「意外と難しい」と気づき始めていると思う。このような技術を一般的に「プロンプト・エンジニアリング(Prompt Engineering)」7と言い、給与も高いらしい。ただ、この技術はたしかに重要だが、小中高の教育においてはだいぶ違った議論になると思う。なぜなら、子どもはたいてい「自らに疑問に相応しい質問」ができない。ましてや「うまく答えが返ってこなかったから別ヴァージョンの質問をする」なんて、なかなかできない。そして、その「できない」実態は、教育現場で指導経験が豊富だと感覚的に分かるけど、普通は分からないと思う。このギャップをどう埋めるか。
4. GPTの答えについて子どもや教師は検証できるか
難しいとみんな知っている。対策も難しい。批判的思考が大切8。で、AIの時代には、この批判的思考をどう現場で実践するかが大切だと思っていたので昨年度から実践を始めていた9…が、やはり難しい。この点は後半でふれる。
その他
研究開発の社会実装時に生じる倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の観点も重要になる。著作権やプライバシーの問題も大きいが、そもそも教育の権利や義務の話に直結するので、憲法に遡った法学の知見も必要になる。ただ、この話の本丸は「GPTを用いた学びを正しい学びに結びつけられるか、そのような教育の全体像が描けるか」という問題にあるように思う。描けるなら、それに向けて各方面ががんばるし、描けないならやるべきでない。そう思うと、当然ではあるがGPTと教育の問題は、教育学がすべき仕事なのだろう。私は、教育学のカリキュラムで学んだわけではないのだが、教育学研究科に教員として属する以上、できることに正面から臨まないといけないと思っている。
教育学と教育現場にはお金がない
そんな私は、次の三角形の真ん中で苦しんでいる(実は、私の強みは数学と音楽なのに、そのどちらも三角形の頂点にない…という苦悩は、今は考えない)。
教育学の人も、情報学の人も、そこそこ教育現場に入っていって面白い実践はある。
しかし、3つ重なると、難しい。考え方もノウハウも視点も全然違う。もちろん、苦労しながらも私なりに、教育データ利活用のために仕事ができている10し、データサイエンスを公立高校で実践できている11。でも、やはり難しい。
結構かなりとっても痛いのが、この三者のうち教育学と教育現場にはお金がない。だから、人も足りない。たとえば、SSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)12という取り組みがある。これは、予算をドサっともらって高校で先進的なことをドンドンできる素晴らしい事業だが、使える予算は、1校でたったの年750万円とかである。高校としてはウハウハしてしまう規模だが、たとえば全校500人の高校であれば、学ぶべき子ども1人につき年間1.5万円。企業ならば、学ぶべき従業員が外へ研修に1つ行ったら一瞬で吹き飛ぶ金額である。これで、先進的な教育を目指し、いい成果を出している高校がたくさんあるのだから、なんというコスパだろう。SSHみたいなことは全ての学校でできないか…いや、教育現場は予算の使い方に慣れていない(大学の教員と違い、教員個人の裁量で使えるお金が普段無いのだから当然!)から、そのあたりを整えてからのがいいと思うけれども。でも、GIGA端末の更新のお金くらい出してくれないだろうか。普通、会社ではPCくらい経費で支給されると思うが。
いずれにせよ、お金と人のバランスが悪すぎるのは、三者の連携に無駄な緊張関係を生んでしまうと思う。教育学に関して言えば、私は昨年、冗談で「日本中の大学で教育学部は消えつつあるけど、現実を見ていると、むしろ、教育学部(教員養成系も、研究系も)は人も予算も3倍にすべきだ」と言ってみた。当然笑われた。
GPT後の今は、本気で、教育学のリソースは3倍にするべきと思う。まずは、教育学が扱うべき分野の広さを世に知らしめるべく、プレゼンが必要かもしれないが。
教育は、生徒と教師の2立場でなくなる?
これが、「1人1GPT環境の教室」によって根本的に変わることではないか?
私は2019年に、研究会「人工知能と教育 〜学習者デジタル教科書導入の先にある教育現場を考えよう」の趣旨説明でこんなスライドを用いた。
今見ると、ドンピシャのことを言っていた気がする(自画自賛)。もちろん、このスライドより深く考えるべきことは、沢山あるのだが。心やヒトの認識、発達への影響、授業方法やカリキュラムへの影響、社会学の視点や、経済的・政治的影響、などなど…多様だが、すべて教育学研究科は扱っている。
ただ、コロナ前の2019年当時、このスライドでも、公の場で出すのはけっこう怖かった(「ありえない!」というお叱りがくるのではないかと)。アンケートで賛否両方いただいた記憶がある。
正直、今でも「「教育は人」だけでいいのか?」と書くのは怖い。もちろん、「だけ」という言葉によって、「そもそも、教育は人が一番大事に決まってるよね」という意図を感じていただければいいのだが…
長くなったので記事を2つに分けています。後半は、GPTそのものの話に少しふれようと思う。
脚注
- 詳しくは、松尾研究室「AIの進化と日本の戦略」『第2回自民党AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム』、2023/2/17、とか、黒橋 禎夫「ChatGPTの仕組みと社会へのインパクト」国立情報学研究所『第62回大学等におけるオンライン教育とデジタル変革に関するサイバーシンポジウム』, 2023/3/3、とかが専門家でない人にも分かりやすい。どちらのプレゼンも、GPT-4登場直前ではあることに注意はいるものの、GPTを知る上でとても貴重である。
- 総務省「フューチャースクール推進事業(平成22年度~25年度)」
- 文部科学省「「教育の情報化ビジョン」の公表について」
- 文部科学省「GIGAスクール構想について」を、4年かけてやる予定が、コロナ禍で前倒しで1年で実施された。
- GIGAZINE「無料でノートPCでも実行可能な70億パラメータのチャットボット「GPT4ALL」発表」2023/3/30。
- 内閣府の調査(令和4年度)のうち第3章「低年齢層の子供の保護者調査の結果」の第1節によると、インターネットを利用していると答えた比率は、1歳で28.6%だが、2歳で62.5%に跳ね上がり、4歳で73.5%、7歳で90.7%になる。一番利用されているのはテレビ(2歳児なら全体の半数)である。最近のテレビには「YouTube」というボタンがある影響と私は思う。
- DAIR.AI「Prompt Engineering Guide」
- 脚注1.でも挙げた、黒橋 禎夫「ChatGPTの仕組みと社会へのインパクト」国立情報学研究所『第62回大学等におけるオンライン教育とデジタル変革に関するサイバーシンポジウム』, 2023/3/3。
- 久富 望, 栗栖 弘昌, 入江 克雅「データに対する批判的思考を深めるための授業実践例」『日本デジタル教科書学会発表原稿集』, vol. 11, 2023, pp.19-20。
- 2020年9月30日に公開された日本学術会議 心理学・教育学委員会・情報学委員会合同 教育データ利活用分科会による提言「教育のデジタル化を踏まえた学習データの利活用に関する提言-エビデンスに基づく教育に向けて-」において、協力させていただいた。
- 秋田県立湯沢高校1年の「デジタル探究」(総合的な探究の時間)。近日、取り組みを速報的にまとめた論文がオープンアクセスになる(久富望・粂川薫樹「論証としてのデータサイエンス―秋田県立湯沢高校における「デジタル探究」カリキュラム作成と実践」『教育方法の探究』vol.26, 2023, pp.9-16)。
- 文部科学省「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」
コメント
“GPTと小中高の教育(1/2)” への2件のフィードバック
[…] 後半では、主にGPTそのものについてふれながら、書いてみようと思う。前半に引き続き、以下、「教育」とは小学生・中学生・高校生を念頭に置いて記すので、ご注意ください。また、G […]
[…] この研究Blogでは「GPTと小中高の教育」にて2023/4現在の考えを2つに分けてまとめています。 […]